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スペインで最も移動する民族が住む、ガリシアとは?

  • 12.11.2018
  • スペイン Spain

こんにちは、モデル・定住旅行家のERIKOです。スペイン最後の定住旅行地、ガリシア地方へ来ております。スペイン国内で滞在するのは3箇所目ですが、スペインの多様性を前に、ことごとくこれまで抱いていたスペインのイメージが崩されております。。
さて、このガリシア地方も独自の文化を持っており、スペイン国内どこの土地とも似ていない特徴があります。


ガリシア地方はイベリア半島北部の西端に位置しており、太平洋気候で雨量が最も多い地域と言われています。州内は、ア・コルーニャ県、ルーゴ県、オレンセ県、ポンテベルデ県の4つのProvinciasプロビンシアス(地域、県)に分かれています。全体の面積は日本の九州を一回り小さくした大きさで、人口は約280万人です。
主に太平洋に面した海岸地域と山岳地帯という大きく分けて2つの地域に分かれています。

この辺りの土地には紀元前3000年頃から、イベロ族が定住しており、紀元前900年頃、中央ヨーロッパからピレネー山脈を超えて、ケルト族がやって来て住み着いたと言われています。(ガリシアとポルトガル地域)もともいたイベロ族と後からやって来たケルト族の混血が、現在のガリシア人のルーツです。
またこの場所はイベリア半島でキリスト教の移行が最も遅れたせいで、アニミズム(自然信仰)を基本とする土着の宗教やケルト文化とカトリックが混ざって、独自の文化が生まれました。

霊を信じる人たち!?

ガリシア地方での生活で感じるのは、ガリシア人がよく目に見えないものを信じていることです。例えば、キリスト教の国で、幽霊やお化けの話をすると、だいたい”頭がおかしい”、”精神的な欠陥がある”と思われがちですが、ガリシアではその手の話をしても皆さん親身になって聞いてくれるんです。

その例に、昔は夜寝る時、先祖の魂が火の周りに集まると言われ、寝る時も火を絶やさなかったそうです。このような言い伝えが、ガリシアにはたくさん残っています。


こちらはガリシアで信じられている魔女”メイガ”。Mal de Ojo (悪い目)を持っているとされ、メイガと目を合わせると不幸が訪れたりすると言われています。今でも存在しているのだそうですが、滞在中、誰一人会いたくないと言って、会わせてくれませんでした。


フィーガと呼ばれる魔除け。昔は家の前に飾っていたそうです。

ガリシアの有名人


ガリシアを故郷に持つ著名人で有名なのは、キューバの元首フィデル・カストロ(父親がガリシア出身)、ドンキホーテの著者ミゲル・デ・セルバンテス、スペインの独裁者フランシスコ・フランコ、また「百年の孤独」のノーベル賞作家、ガルシア・マルケス(コロンビア人)も、ガリシア人の血を引いて、「ガリシアの雨」という作品を残しています。

ちなみに、「カストロ」というのは、古代ケルト人の住居のことを意味し、ガリシアにはその遺跡が点在しています。

アルゼンチン人の発音の秘密はガリシア人にあった! 

※ここからはスペイン語に興味がある人へ。。。

少しコアな内容ですので、語学やスペイン語に興味がある方のみ読んでください。

さて、これまでの記事でもスペイン国内では、バスク語、カタルーニャ語など、多言語が使用されていることをお話して来ましたが、ここガリシアでは主にガリシア語が話されています。ガリシア語の印象はポルトガル語とスペイン語を混ぜてオリジナルのスパイスを加えた感じです。。。私はポルトガル語を話すので、初めて聞いた時からガリシア人の会話はほとんど理解できましたが、スペイン語のみしか話さない人には難しいかもしれません。また地方によっても強く方言の差があるようです。

さて、スペイン語をアルゼンチンで習得した私ですが、これまでアルゼンチンのスペイン語がなぜ他の国ではされない(ウルグアイを除く)特徴的な発音をするのか、ずっと不思議に感じていました。ですが、ガリシアにきて、その謎が解けた気がします。

アルゼンチンではスペイン人のことを「Gallego」ガシェゴと言います。それは昔、スペインからアルゼンチンに来た移民のほとんどがガリシアから来たのが理由です。

アルゼンチンのスペイン語は、Voceo・Yeismoが使われていますが、このYeismoの発音は、ガリシア語から来ているのではないと思います。

ガリシア語は、JまたはGの代わりにXを使用し、発音は以下のように変化します。

Gente = Xente シェンテ

Juntos = Xuntos シュントス

Ya ya = Xa Xa シャシャ

Te llamo = Chamo te チャモ チェ(テ)

Te ayudo = Ayuda te アシューダ チェ(テ)

アルゼンチンでは、LLやYaを”シャ”と発音し、相手を呼びかける時に、”Che”チェと言いますが、これはガリシア語の発音かの影響を受けているようにも思えます。また、ガリシア語のイントネーションは浮き沈みが激しく、ポルテーニョPorteño(ブエノス・アイレスっ子)と似ているのです。

またアルゼンチンでは、現在完了形(haber+過去分詞)を使った表現をほとんどしませんが、ガリシア語も完了形でなく、点過去を使って過去を表現する習慣があるためと思われます。ちなみに現地の方々は、スペイン語で話す時に、ガリシア語の細かい表現をどう訳したらいいか分からないので話すのに苦労することがあるのだそうです。

なぜ世界中に散らばったのか?

ガリシア人はアルゼンチンだけでなく、世界中に移民として飛び出して行った歴史を持ち、今でもスペイン国内で一番、自分の土地を離れて働きや出稼ぎに出る人たちと言われています。スペイン人は家族と距離ができるような職場、生活環境に身を置くことを避ける傾向がありますが、仕事のために家族と遠く離れて暮らすことを選択するのはガリシア人の特徴ともいえるでしょう。また、バスク人と同じように非常に働き者で信頼できる人たちだと慕われています。

ガリシアの移民が始まったのは、15世紀から。20世紀にそのピークを迎え、その多くがキューバ、アルゼンチン、ウルグアイへ渡って行きました。その頃は、小規模農業、漁業など第一次産業を営む人が多く、低開発地域であったため、貧困を逃れるために移民が始まった言われています。


こちらは「Hay un gallo en la luna 月にもガリシア人が」と歌。ガリシア人はどこへでもいくというのを表現しています。

ガリシアの母 ロサリナ・デ・カストロ


移民の歴史はガリシア人にとって、切なく悲しい歴史でもあります。ガリシアの母と呼ばれる、Rosalina de Castroロサリナ・デ・カストロは、移民を題材にした詩を多く残しました。

ガリシア滞在中、州都のサンティアゴ・デ・コンポステラで、TV Galiciaの人気番組「LUAR」に出演させて頂き、ロサリナの代表的な詩、”Adios ríos, Adios fontes”を浅香武和さんの和訳で朗読させて頂きました。この番組は、ケーブルさえ繋がっていれば世界中どこでも見られるガリシア語で放送されている番組で、移民で出て行ったガリシア人たちが楽しみにしている番組の一つで、ガリシアの伝統音楽などが披露されます。
ガリシアの移民の歴史は、どこか気持ちの面で日本の南米移民の歴史と重なる部分があるような気がしました。