暮らしを伝えるひと
ERIKO
モデル・定住旅行家

鳥取県米子市出身。東京コレクションでモデルデビュー。 モデル活動と並行し、「定住旅行家」として、世界の様々な地域で現地の人びとの家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。 また訪れた国では、民間外交を積極的に行い、現地と日本の架け橋になる活動も行う。 これまで定住旅行した国は、ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、ロシア、サハ共和国、北海道利尻島、三重県答志島など。

NEPOEHT所属(モデル)。QREATORSメンバー。

著書「暮らす旅びと ひとりで渡った中南米縦断10万5千キロ」(かまくら春秋社)

ラテンアメリカの味〜美味しい発見〜(共著)

<主な公職>

  • 内閣府 平成28年、29年青年国際交流事業の効果検証に関する検討会委員
  • 観光庁 「若旅★授業」講師
  • 鳥取県 とっとりふるさと大使
  • 鳥取県 米子市首都圏観光大使
  • 鳥取県 大山開山1300年祭 準備委員会 アドバイザー
  • 東京家政大学ゲスト講師 社会の研究授業講師担当

プロフィール

1983年

鳥取県米子市生まれ。車好きの父と計算が得意な母のもとに生まれる。
弟2人の影響で、虫取りや探検好きの野生児に育つ。習い事が趣味で、体操、ピアノ、そろばん、水泳、ダンスなどに通う。旅行好きな家族の影響で、休みの度にどこかへ出かけていた。9歳の頃、親に反対されながらもなんとかお願いし通わせてもらった英語にはまる。

1999年

ドッグショーのハンドラー、自衛隊のパイロットになる夢を諦めて、高校へ進学する。しかし、生きがいのない生活からほぼ不登校児となる。高校2年生の時、夏の暑さから逃れたいのと、学校に行きたくない理由から、イギリスロンドンの夏季語学学校に通う。学校を卒業するという約束のもと、翌年もアメリカのニューヨークに短期語学留学。世界には様々な価値観や生き方があるということを肌で体感する。この頃、鳥取で地元の美容院にスカウトされ、モデルを始める。

2001年

取捨選択でモデルの道へ進むことを決め、所属が決まった事務所のある東京へ引っ越す。しかし、生活環境の変化と仕事に行きづまり、ストレス性の胃潰瘍で数年間入退院を繰り返す。現実から逃れたい気持ちと、語学習得への興味が高まり、お金を貯めてはイタリア、アルゼンチン、ロシア、インドなどへ語学留学を繰り返す。(現在、6ヶ国語を習得。)当時、留学している時が、人生で唯一幸せを感じられる時間だった。

2009年

留学先の南米アルゼンチンで、人生を180度変える転機が起こる。ある日、バス停で、貧しそうな格好をした女性から、足りなかったバス代の1ペソをもらう。お返しに、お札を差し出した時、「これはあなたにもらわれるためにあった1ペソよ」という言葉をもらう。この経験で、自分の心の貧しさ知り、与えることの豊かさに気づく。自分の中で、幸せや豊かさの概念が変わり、人生の方向性が大きく変わる。

2012年

人生を大きく変えてくれたラテンの国をもっと知り、これまで危険で暗いイメージがあったラテンアメリカの国々の良さを伝え、架け橋になる活動をしようと、自ら一人で企画、スポンサーを集め、1年4ヶ月をかけてラテンアメリカ25カ国をホームステイしながら縦断する。途中、交通事故に遭ったりもしたが、なんとか旅を続行し、無事達成した。また、この旅の途中で登山に目覚める。

2014年

中南米の旅をまとめた書籍「暮らす旅びと」(かまくら春秋社)を上梓。外務省の2015年 日・中米交流年記念事業の一つとして、出版記念パーティーを開催。ラテンアメリカでの旅の経験から、様々な地域で暮らす人びとに寄り添い、日常や暮らし、生き方を知ることに大きな価値を感じるようになる。
しかし、自分のしたいことが既存の職業になかったため、「定住旅行家」と名付け、新しいジャンルの民間外交者として、様々な地域で生きる人の暮らしを発信する。

2017年

ラテンアメリカの旅をきっかけに、ネパールの山岳地帯に住むシェルパ族、フィンランドのサーミ族、北海道利尻島、三重県答志島、ロシアのサハ共和国世界一寒い人間居住地オイミヤコン村などで、定住旅行を繰り返し、現地の家族と生活を共にしてきました。これまで渡航した国は40カ国、ホームステイした家族は67家庭。これからも定住旅行家ERIKOの暮らす旅の挑戦は続く。