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五島のキリシタン「インタビューシリーズ ”80代編”」

こんにちは、モデル・定住旅行家のERIKOです。
私が定住旅行している、五島列島の中通島は、島民の約4分1がクリスチャンであり、島内には29の教会が存在しています。鬱蒼と生い茂る夏の始まりの濃い緑の中に、教会の屋根がいくつも見える風景は、日本離れしたところがあります。
私が定住旅行させてもらっている、古田さん一家はカトリック信者ですが、滞在中、村の多くのカトリックの人たちに出会う機会がありました。

彼らと会話をしていく中で、世代や家系によって、信仰に対して様々な向き合い方、考え方があるのだと知りました。村の様々な世代のインタビューです。

江袋で信仰を繋ぐ、尾上さん夫婦

                        尾上勇さん(87)、フサさん(85)ご夫婦

江袋集落に暮らすご夫婦。尾上さんのご先祖は、約200年前に外海(そとめ)からこの地へと移り住んだキリシタンの末裔です。勇さんは長年漁業に携わり、若い頃は巻き網船団の船に乗り、魚運搬船の船長も務めていました。先祖の信仰を受け継ぎ、現在も江袋教会を守りながら、信仰を繋いでききています。勇さんは背が高く、がっちりとした体格をしていますが、笑顔の中に優しさが伝わってくるような方です。

昔と今の生活の違い

江袋教会にあるキリスト像

ERIKO:    尾上さんは江袋の村で生まれて、これまでずっとこの村の時代の変化を見て来られていると思いますが、特に変わってきたと思うことはありますか?

尾上さん:   一番大きな変化は、今ではお金があれば色んなものが手に入るようになったことでしょう。昔はお金がなかったから自分で食べ物を作って、自分の体を使って、自分の体を養い、家族を養い、子供を養ってきました。大変な時代だったけど、そのお陰でいい男になれましたよ。笑
また教会のことも、昔からずっと、当番順制で教会の中の清掃や飾りを変えたり、月に1回墓地の清掃を行っていますが、近年若い人は仕事に出かけているので、教会のことにまで手が回らなくなっています。先祖が開拓してくれた土地も荒れ地が増えているのですが、若い人や人口が減っているから管理が大変です。

ERIKO : 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録されると、江袋教会にもこれまで以上に観光客が訪れると思いますが、たくさんのカトリックでない方たちが教会を訪れることをどう思いますか?

尾上さん: 私は歓迎です。観光客が来てくれて、私たちが教会を大切にしているイメージを与えることができたら嬉しいです。普段、私は教会で御ミサやロザリオでお祈りを唱えている時も、誰かが来たら中断して外へ出て、「どこから来たんですか?」と声をかけるようにしています。
以前、韓国から30-40人の観光客が来たことがありました。その時はロザリオの最中だったのですが、彼らもカトリック信者だったので、マナーもとてもよかったです。
通訳の方を通して、「韓国語でロザリオを唱えてもらえませんか?」とお願いすると、快く二連も唱えてくださり、お返しに私たちも日本語で祈りの言葉を唱えました。言葉は通じなかったですが、信仰の心は一緒だとはっきりとわかりました。人が来るということは、そういう機会に恵まれるチャンスもあるのだと思います。


ERIKO : ご両親はとても信心深い方だとお聞きしたのですが、彼らの信仰を感じた瞬間や、印象に残っているエピソードはありますか?

尾上さん: 父と母は信仰を、言わず、語らず見せてくれました。印象に残っている出来事は、あるクリスマスの日に、イエス様を迎えるために、家の裏の牛小屋を父が綺麗に掃除をして、牛にもご馳走を与えていたことです。それを見たとき、とても感心しました。

ERIKO :   フサさんは、生まれた家もカトリック信者だったのですか?

フサさん: 私は江袋よりさらに北にある赤波江という場所で生まれました。もちろん両親もカトリックでしたが、そんなに信心深くなかったです。当時はカトリックはカトリック同士で結婚するのが当たり前でしたし、仏教徒と結婚する場合は、相手が改宗しなければ結婚させてもらえませんでした。信者を増やすための宣教とも言えると思います。
この家へ嫁に来て、家にはシスターになられた方もいましたし、毎朝早くから祈りを上げていてびっくりしました。ここで自分も信仰の道を歩むようになって、今ではここに嫁に来て本当に良かったと思います。

                             フサさんが御ミサの前に吹いていた法螺貝

ERIKO:  教会に対しても思い出はありますか?

フサさん: 昔の教会は鐘の代わりに、法螺貝が使われていたのですが、私はこれを吹く係だったんです。御ミサやロザリオの祈りの時間になると、教会の前で思いっきり吹いていましたよ。

「先祖が開拓した土地が人口が減ったせいで荒地になって、老人だけではなすすべがなくなっているけど、今まだ残っているものは守っていきたい」と勇さんが語られたとき、奥さんのフサさんが力強く、「それに私もついていくよ」と仰っていた言葉に、信仰を繋いでいく強さみたいなものを感じました。
何十年後かは、今よりもっと荒地が増えて、教会も減っていくかもしれない。現代は、功績でも何でも残すことに価値を置く時代で、歴史や遺産は大切なものとして、別の形や場所で管理されることが多いけれど、何もなくなったとしても、彼らの魂は永遠にこの地に残り続けだろうと思うし、それで充分ではないかと、尾上さんの話を聴きながら私は思いました。