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戦時下の食生活

こんにちは、定住旅行家のERIKOです。戦時下のウクライナに滞在しています。最初の定住地は、東南部のザポリージャ州。ここではリーナさんとバディムさん夫婦の家に滞在しています。2014年のドンバス戦争、2022年からのロシア侵略で、長期化している戦争ですが、現地の人たちはどのような食生活を送っているか紹介したいと思います。

食材はすべて庭から


ウクライナ人は週末や夏休みなどに過ごす、「ダチャ」と呼ばれるセカンドハウスを持っています。別荘というとラグジュアリーな場所をイメージしますが、ダチャは第二次世界大戦中の食糧不足を解消するために政府から与えられた土地を活用したもの。
家の作りも簡素で多くの場合、トイレやお風呂は外に設けられています。ダチャは菜園で農作業を行う、いわば労働の場もあります。ここで採れた野菜や果物を、街に持ち帰り食糧の足しにしている人も多いです。

リーナさんとバディムさんは戦争が始まって、市内からこのダチャに避難してきました。
ダチャ周辺にはお店やスーパーなどはありませんが、野菜や果物など、日々の食材はこの菜園から調達できるのでほとんど不便はありません。また足りない食材は近所の人たちと分け合い、暮らしを支え合っていました。

私が滞在した9月は夏もそろそろ終わりを迎えるころ。野菜や果物を瓶詰めにして、冬の保存食を作るのに忙しい毎日を送っていました。


ザポリージャに滞在中、スーパーや市場にも足を伸ばしたことがありました。戦争中ということで、物資や食糧が不足しているのではないかと思っていたのですが、どのスーパーも物は充分にあり、お酒やタバコ、お菓子などの嗜好品の在庫もしっかりと行き届いているようでした。

ボルシチはウクライナ料理


ボルシチというとロシア料理のイメージですが、実はもともとはウクライナの料理。ビーツを使った赤いボルシチが一般的ですが、ソレルと呼ばれる酸葉を使った緑のボルシチ(зелёный борщ)もあるんです。

滞在中リーナさんが教えてくれたのは一般的な赤いボルシチ。ボルシチのレシピは家庭によって様々で正解はないのだそう。リーナさんのレシピは、骨つきの鶏モモ、にんじん、玉ねぎを煮込んでダシをとるのと、キャベツを多めに入れるのがミソだと教えてくれました。しっかりとしたスープのコクにあっさりとしたキャベツがとてもマッチしていました。

戦争で変わった食生活


リーナさんは戦争が始まる前は、朝から夜まで服屋で勤務されていました。家に帰ると仕事の疲れで料理をする気力もなく、スーパーで買ったあり合わせのものなどで簡単に済ませていたそうです。戦争が始まり、仕事を失った彼女は、突然主専業主婦にならざるおえない状況に。特にダチャに引っ越してからは、「人生で初めてこんなに丁寧に暮らしている!」と言うリーナさん。菜園を手入れし、作物を育て、その食材で毎日料理をしているのだそうです。

「菜園で土をいじるときも、食材を調理するのも、全て人の手でやるでしょ。土や食材は生き物だから、自分の手の状態や温度が食材に伝わってしまうの。だから、美味しいものを作ろうとか、愛を持って料理と味に影響があるから、とても大事になってくるのよ」

キッチンの床下の地下貯蔵庫がシェルターに


日々、料理をしているときも空襲警報が盛んになったり、時には遠くでミサイルの着弾音が聞こえたりしていました。リーナさんは「怖がらないで」と言って、何も動じていない様子でした。
ダチャには、冬の食糧を保存するための地下貯蔵庫がその家も必ずあります。深さと広さも結構あり、5人くらいであれば余裕で過ごすことができる広さです。

「去年の爆撃がひどかった10月から冬にかけては、この地下に逃げていた時期もあったわ。食糧保存庫を戦争の避難所に使うなんて夢にも思っていなかったけど」

去年と比べるとロシアの攻撃が減少傾向にあり、空襲警報がなっても、もう潜らなくなってしまったと話すリーナさん。結局私も滞在中は一度も入ることはありませんでした。


菜園で育てているりんごでつくったピローグ


トマトをジュースにしてソースを作るリーナさん

夕食を一緒に食べる時間を大事に


リーナさんの夫バディムさんは、戦争が始まって以来、経営する農場の人手不足もあり、長時間仕事に従事しています。毎日朝6時には家を出て、夜は21時過ぎに帰宅する生活。夫婦で過ごせる時間はわずか数時間です。


夕食はゆっくりと涼しい風が通る庭でとります。食事のお供には発泡酒(現地ではシャンパンと呼ばれている)やワイン、コニャックを飲んでいました。現在ロシアが占領しているクリミア半島は、発泡酒の製造が盛んだそうで、昔からウクライナ人には親しみのあるお酒の一つだそうです。味は少し甘めでした。

◎「ウクライナ・ダイアリー」