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日本人が99%行かないカルムイク共和国の見所と注意点

こんにちは、モデル・定住旅行家のERIKOです。2019年2カ国目の定住旅行が始まりました!今回の定住先は、ロシア連邦国内にある「カルムイク共和国」です。ロシアは22の連邦国によって形成されている巨大な国ですが、カルムイク共和国はその中の一つです。

カルムイク共和国ってどこにある?

ロシアの地図を見ても、一体どこにどの共和国があるのかわかりませんね。

カルムイク共和国は、上の地図でいうと8番に位置している国です。

カスピ海の北西に位置し、ダゲスタン共和国やチェチェン共和国と国境を接しています。
面積は北海道よりやや小さめで、カスピ海側は砂漠、内陸側は湿地が広がっています。人口は約30万人、どこに行っても子どもだらけなのが特徴です。

日本からどうやっていくの?

日本からはモスクワ経由で、アズィムット航空という航空会社を利用して、首都のエリスタまで飛びました。飛行機は毎日運行しているわけではないので、注意が必要です。また、モスクワには3つの空港があり、それぞれの距離が離れています。今回私は余裕を持って、エリスタまでのフライトの2日前にモスクワに到着しました。
モスクワからバスも運行しており、10時間で行くことができます。

ロシアで一番暑い国

現在(6月)のカルムイクの気温は、毎日38度を超える気温です。乾燥した暑さなので、日陰にいればなんとか暑さを免れますが、太陽に当たると肌がジリジリと焼ける音が聞こえてきそうなほど強い日差しです。

ロシアで見るとは思っていなかった、ラクダまで生息しています。ラクダはお肉、ミルク、毛が使われているそうです。

ここまで暑いとやはり野外での活動時間も限られます。午前10時から夕方17時まではなるべく外を出歩かないような予定が組まれ、子どもたちも日没後に外に遊びに出かけます。

砂の街 首都エリスタ

カルムイクの首都「エリスタ」という名前は、カルムイク人がこの土地を”エリストゥ”=砂地と呼んだことから付けられました。エリスタの北部の凹地には、砂漠が広がっていたからだそうです。


かつてのソ連国を訪問すると、どの国でもその時代の面影を彷彿させるような、ソ連時代の古いマンションや建物が重々しくその街に灰色の影を作っているのですが、ここエリスタの建物は新しいものばかりで、ソ連時代の建物はほぼありません。
その理由は、スターリン時代に一度国が滅び、1953年にシベリアに強制送還された人たちが街に再び帰還したあと、カルムイクの新しい歴史が始まったためです。カルムイクは1991年に共和国として成立した若い国です。

カルムイク人の聖地 ヨーロッパ最大の仏像が祀られる 釈迦牟尼黄金僧院

現地の人には、Хурул ”フルル”という名前で呼ばれている、カルムイク共和国最大の寺院。2005年に建てられ、ヨーロッパ最大の仏像(9m)が安置されています。僧院は7階建てで、寺院内にはロシア唯一の仏教博物館があります。祭壇近くには、ダライ・ラマ14世が着用した僧衣が展示されています。カルムイクではチベット仏教が信仰されており、過去にダライ・ラマ氏が1991年、1992年、2004年にカルムイクを訪れています。現在は国同士の問題でビザが発行されず訪問が困難になっていますが、国民はいつかまた来てくれると首を長くして待っています。

毎年6月に、カルムイク全国から500人以上の演奏者が集まり、音楽が神様へ奉納されるお祭りが開催されます。音楽、衣装などカルムイク文化が一度に感じられるイベントです。

7日パゴタ公園 Погода семи дней 公園


エリスタの中心地で、政府機関、大学などが集まっている場所です。大きなパゴダがある公園で、周辺は散歩ができるように整備されています。


カルムイクとゆかりのある先人たちの像や第二次世界対戦で戦死した軍人の記念碑などがあります。

大きなパゴダの前には、レーニン像があります。レーニンの父方のおばあちゃんはカルムイク人で、レーニンは国民に大変親みのある人物です。夕方頃になると家族や友達などと散歩する人を多く見かけます。また、デートスポットでもあり、休日や夜はカップルも多いです。

サキュスン・スメ寺院 Старый Хурул Сякюсн-Сюме Сәкүсн-сүм

1996年10月5日にカルムイクに初めて建てられた寺院です。4年間かけて建設されたこの寺院は、市民と初代大統領のイリュムジーノフ氏の寄付によって建てられました。
中には全高3.5メートルの金メッキの仏像があります。寺院から少し離れた場所に、ダライ・ラマが瞑想した小さな建物があります。

少し離れた場所にはダライ・ラマ氏の瞑想小屋があります。今となってはメインの寺院ではなくなってしまいましたが、カルムイクの人たちは、一番初めにできたこの寺院に深い思い入れを持っています。

木造の貨車博物館 


スターリンの時代、カルムイクでは宗教の信仰が禁止され、寺院や宗教施設が破壊され、それにまつわる書物も焼かれました。そして1943年、国民はシベリアなどに強制移住させられました。汚い木造の貨車に多くの人が詰め込まれて、厳寒の中、シベリアに到着するまでにも多くの人たちが亡くなりました。強制移住が始まった1943年には国が滅びてしまいました。

国立博物館 Пальмой

1921年に建てられたカルムイク唯一で最大の博物館。カルムイクの文化や伝統的な生活にまつわるもの、戦争やシベリア強制移住の歴史、カルムイクの自然や生息している動物などを知ることができます。

チェス・シティ Сити-Чесс

カルムイク共和国の初代大統領のイリュムジーノフは、チェスの達人と言われ、4歳でチェスの王者になり天才少年と呼ばれていました。FIDE(国際チェス連盟)の会長も務めています。1998年にはチェスの世界大会がカルムイクで行われました。彼はモスクワの大学で日本語を勉強した経験を持っており、大の親日家と言われています。日本経済をモデルに政策も行っていました。カルムイク人が親日であり、大のトヨタ好きであるのは彼の影響もあるでしょう。

市内にはイリュムジーノフ氏が建設した「チェス・シティ」という区画があります。区画内は、チェスの駒のモニュメント、ビジネスセンター、エンターテイメント施設や団地となっています。

ローカルスクールを訪問した時にも、チェスの授業が行われていました。私も「チェスをやったことがない!」と言ったら、すぐに家族に教えられました。笑

カルムイク1のエネルギースポット 菩提樹

首都のエリスタから車で1時間ほど行ったTselinny地区にある菩提樹。1846年にチベットへの巡礼から戻って来た、複数の僧侶たちによって植えられた木で、僧侶や多くの人たちが礼拝や瞑想をする場所となっています。

大樹がある丘を少し下った所には、ミネラルヒーリングウ ォーターと呼ばれる病を治す水が湧き出ています。水の色は少し濁りのある茶色で、アトピーや皮膚のトラブルがある場所に付けると効き目があるのだそう。カスピ海と黒海の水が地中で混ざり合ったものだと現地の方から聞きました。

注意!6日以上の滞在は登録が必要!

2018年の7月に新しくできた法律で、ロシア国内の一定箇所に6日以上滞在する場合は、滞在地で申告と登録をしなければならなくなりました。私も私の家族も知らなかったのですが、政府の方に忠告を受けて申告書を提出しに行きました。ホテルに泊まる場合はホテル側が申告するため問題ありませんが、それ以外の場所に宿泊する場合は、滞在先の責任者と本人が登録する必要があります。しなかった場合の処分としては、滞在先の責任者への罰金、本人はその後のロシアへ渡航が禁止されるようです。

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