世界一幸せなイラン人の老後
こんにちは、モデル・定住旅行家のERIKOです。
現在(2018年4月)定住旅行をしている中東のイランは、家族の絆が非常に強い国です。これまでに滞在した、中南米やロシアなど家族を大切にする国をたくさん見てきましたが、イランはそれ以上だと感じます。家族は良き友だちであり、会社の同僚であり、人生を学びあう同士でもあります。仕事が終わったあとや、休日は、友だちや同僚と時間を過ごすより、家族を優先して過ごすのが一般的です。
またイランには、日本と同じように、家族の長である年配者を敬う文化を持っています。どの家でもお年寄りは非常に大切にされます。
滞在中、イランの家族というチームワークの凄さと、幸せな老後生活を送っている姿を何度も出会いました。
育ててもらった親を老人ホームには入れない
核家族化や子どもと離れて暮らすシチュエーションが少なくない日本では、高齢者が老人ホームに入ることは珍しくありません。イランにも老人ホームは存在していますが、家族が親を老人ホームに入れるのは、日本のように一般的ではありません。
「イランでは、自分の両親が高齢になった時、子どもと一緒に同居をするか、近くに住んで面倒をみます。しかし、子どもが海外に住んでいて面倒を見れない時もあります。そんな時には、従兄弟や親戚が一緒に住んだりして面倒を見るんです。イランでは、老人ホームに入れるのは、これまで私たちを育てて面倒見てくれた年配者に対して、敬意のない対応であると思うのです」
マルジャン
家族や親戚で協力し合って高齢者の面倒をみる背後には、子どもの頃に受ける恩恵があります。ヤズドで滞在していた家族の娘、マルジャンはそのいい例です。彼女は幼い頃、自分の母親の母乳が出ませんでした。その代わりに、親戚のおばちゃんが母親の代わりに母乳をあげて彼女を育てたのです。彼女にとっては、おばちゃんは第二の母親。現在、病気で体調を崩しているようですが、彼女は献身的に通って面倒をみています。こういったことは、イランではよくあることなのだそうです。
未亡人になったら、80歳でも90歳でも結婚する
シャディゲさん
ホラマバードに滞在中、滞在先の家族の家に時々泊まりに来る、シェディゲさんという可愛らしいおばあちゃんがいらっしゃいました。彼女は数年前まで、旦那さんと一緒に暮らしていたのですが、未亡人になってからアルツハイマーを患ってしまいました。そのため、彼女の家には、お手伝いさん兼ヘルパーさんが一緒に暮らしています。親戚にあたる私の滞在先の家族は、みんなでしょっちゅうシャディゲさんの家を訪れたり、招いたりします。
アルツハイマーになってしまった彼女は、新しい記憶をすぐに忘れてしまうので、家族に何度も同じ質問をします。しかし、周囲の人は、誰一人嫌な態度を取ることなく、彼女が繰り返し何かを発言すると、それを笑いと捉えて楽しい時間を過ごし、手を繋いだり、抱き合ったりして、スキンシップをとっています。
私もシャディゲさんと一緒にいる時間で、彼女が何度も同じ質問をしてくるので、その間に随分ペルシャ語が随分上達したように思います。笑
実は、シャディゲさんが亡くなった旦那様のハジさんと結婚したのは、彼女が80歳になってから。当時まだ未婚だったシャディゲさんと、奥さんを亡くされて、ひとりぼっちで寂しいハジさんが一緒になればいいのではないか、という家族や親戚の希望もあって、再婚され、老後を楽しく過ごされたのだそうです。
イランでは、高齢になってからの結婚は珍しいことではなく、パートナーが先立ってしまった場合、再婚することは、生活の負担や寂しさを減少させるためにもいいことだとされています。
死んでからも幸せ 毎週お墓に会いに行く
イラン人は、亡くなった人に対しても生前と変わらぬ愛情を注ぎます。滞在先の家族の家に到着すると、まず家族や親戚を紹介されるのですが、その際にその家で暮らしていた先祖や、亡くなった親族の写真を手に紹介されます。彼らにとっては、亡くなっても大切な家族の一人として、心の中に生きている人なのだなぁと感じます。
イランでは基本的に人が亡くなると、一週間後、40日後、1年後に墓地へ行ってセレモニーが行われます。それ以降は、ラマダーン(断食)明けの大祭、犠牲祭やお正月にはお墓参りをするのが一般的です。それに加え、死者の魂が自由になると言われる、毎週木曜日の午後から金曜日にお墓参りをする習慣があり、墓地は参拝者でごった返します。
お墓参りは、暮石を手で丁寧に水をかけながら洗い、墓に手を当てながら、コーランの読みます。ムスリムでは、死=終わりではなく、最後の審判を経て天国、地獄における来世に至るまでの通過点として考えられています。
彼らの故人への愛情は、亡くなってからも途絶えることなく、いつでも会話の話題になり、頻繁なお墓参りによって思い出されるのです。個人的にイランの老後をとても羨ましく思えました。