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日本を愛するタタール人たち

こんにちは、モデル・定住旅行家のERIKOです。
ロシアへの渡航を重ね、ロシアのイメージを大きく変えたこと一つが、ロシア人の親日度でした。レストランやタクシー、カフェなどで、相手が日本人だと分かると、「すごい!写真撮ってください!」、「日本に憧れます!」などと言われることは日常的茶飯事です。
そんなロシア人がとても親日家であるということは、以前から感じていましたが、ここタタールスタン共和国にも日本を愛する人たちが大勢います。

日本に存在していたタタールコミュニティ

                      東京代々木に建つ、東京ジャーミイ
かつて日本にも、タタール人のコミュニティがあり、彼らは主に横浜と神戸に暮らしていました。東京にあるモスク「東京ジャーミイ」や神戸のモスクは当時のタタール人よって建てられたものです。

2017・2018年には日本とロシアの交流年でした。タタールスタンでも、映画祭、ビジネスコンタクト、和太鼓コンサートなど、様々なイベントや共同事業が行われました。今回はタタールを代表する日本を愛する人たちをご紹介したいと思います。

タタールスタンと日本の文化の架け橋

タタールスタンの首都カザンにあるタタルスタン日本文化情報センター「さくら」所長務めるアシア・サディコバさん。現職はカザン国立テクノロジー調査大学の教授で、物理の授業を担当されています。彼女のお父様もタタールでは有名な科学者でした。2018年にタタールスタンと日本の友好関係強化のために、日本センターを立ち上げ、これまでに多くのイベントやプロジェクトを企画、実行されて来ています。
2018年の春には日本政府から旭日小綬章を受賞されました。

日本の魂を体感する剣道

タタール人に人気の日本のスポーツの一つ、剣道。

カザンで剣道を教えているウラジスラフ・トルキシェフスキーさん。カザン市内で毎週木曜日に道場で稽古を行っています。剣道の魅力についてこう話してくれました。

「剣道というスポーツは、ただのスポーツではなく、我々に規律や人生の教訓などを教えてくれる、まさに道を学ぶ”道場”だと感じます。スポーツを通して日本のそういった素晴らしい部分を体得できるのが非常に魅力的です。特に子どもたちは剣道をやる前と始めた後では、生活面での振る舞いや考えも大きく変わっていくのを感じます」

稽古をする最年少は15歳で、大分県の道場とも交流があり、合同練習キャンプを行ったりしているのだそうです。また剣道をロシアに初めて紹介したのは、現在モスクワのJapan Bussines Clubの事務局長を務める岡田邦夫さんです。国際交流はこうした民間の交流から始めるのですね。

ヒロシマを描く 人民芸術家ナディル・アルメイエフ氏

タタールスタンでは多くの芸術家が活発に活動し、人びとが劇場や展覧会に足を運ぶのは生活の一部となっています。またタタールスタンの画家の特徴は、専門に特化せず、様々なジャンルの絵が描けることなのだそうです。
人民芸術家ナディル・アルメイエフ氏は16歳で本格的に絵を描き始め、現在72歳。父はオペラ歌手という環境で育ちました。力強い眼差しは、物事を本質をすぐに見抜いてしまうような鋭さを感じます。

彼がヒロシマの原爆をテーマに絵を描き始めたのは、深川宗俊など原爆の悲劇を生き延びた日本の詩人たちの詩に出会い、その言葉から自ら戦争を味わったかのような深い共感を覚えたことがきっかけだそうです。それ以降、広島をテーマにした作品に着手し、「広島の鐘」という作品を仕上げました。

ナディル氏の作品の多くは、詩や文学などの言葉の影響が投影されています。

「詩は短文です。その言葉に物事が集約されるためには、様々なイメージ、怒り、インスピレーション、哀楽が詰まっています。短い文であるからこそ、私の想像力に大きな影響を与えるのです」

座礁したイルティッシュ号を助けた島根県人

みなさんは、昔和歌山県で座礁したトルコ船エルトゥール号遭難事件の話をご存知でしょうか?和歌山沖で座礁したトルコの船の乗組員たちを地元の人たちが献身的に助けたという話です。「海難1890」という映画にもなりました。

実はそれに似た実話がロシアにもあります。その船の名前は「イルティッシュ号」。日露戦争中、島根県江津市和木真島沖でロシアの戦艦イルティッシュ号が遭難しました。その乗組員たちを敵国でありながらも地元の人たちが手厚い保護をしたのです。
江津市にはイルティッシュ号の慰霊碑があります。鳥取県出身の私も全く知らなかった話です。またイルティッシュ号乗組員の多くはタタール人だったと言われています。
現在、タタールスタンは島根県立大学との文化・経済・技術提携を行なっていたり、「たたら製鉄の関連研究も行われています。

私が知らなかった国、タタールスタン共和国にも、こんなにたくさんの親日家、日本を想ってくれる人たちがいることに胸が熱くなりました。