村人にとって、オイミヤコン村は極地ではない

冬は-60℃まで下り、夏は+40℃まで気温が上がるという、極端な寒暖差に見舞われるこのオイミヤコン村で生きていくことは、快適で不便ない生活をしている我々に日本人には、「どうしてそんな場所に人が住んでいるのか?」と首を傾げたくなるかもしれません。

過酷な地という表現は、外部の人間が勝手に判断したものであり、実際に暮らす人たちにとっては、当たり前のこと以外のなにものでもありません。

オイミヤコン村の人たちが幸せな理由

村の人にどうして幸せかを聞くと、ほとんどの人が、”家族がいるから”と答えます。

家族を一番と答える人々は幸福度指数の高いラテンアメリカもそうでした。
共通しているのは、家族みんなで協力して支えい、生きていくことが何よりも大切になる環境にあるからというのも一つの理由でしょう。
しかし、彼らの話を聞いていて感じる幸せの共通点は、“何が自分を喜ばせてくれるのか”が明確なことであると思います。

自分の視点を基準にして、何が嬉しいか、楽しいか、自分にとって幸福をもたらしてくれるものかを知っているということです。きっとそうでない人は、幸せの基準を他者や他の人の意見に設けようとしてしまのではないでしょうか。

人がいいと思うものが自分の基準になってしまっているのだと思います。そのせいで、自分の心と他人の基準の間で板挟みになって、結局迷ってしまう。
オイミヤコン村の人々にも、中南米の人々にも幸せを感じている人にはしっかりと自分の幸せ基準を持っているのだと感じます。

 

選択枠が少ないことの幸せ

そして、彼らの生き方が充実しているもう一つの理由が、”労働が生きることに直結している”ということがあります。

オイミヤコン村の人々の1年のサイクルは、6月に新年を迎えた後、夏の間にたくさんの野菜を収穫し、猟へ出かけ、働き、冬をどのように快適に越せるかを想像しながら、とにかく休みなく働きます。そして、夏に労働して蓄えた作物で長い冬を越すのです。

所謂、彼らの生きる糧となる食料を作るという労働が、生きることに直結しているのです。
私たちのように、労働がお金に変わってそれを使うというシステムではないので、彼らにとって働くこと自体が、生きがいになっているのです。

村には日本のようにたくさんの職業を選ぶという環境がありませんから、するかしないか、2つの選択の余地しかありません。一見、可能性の少ない環境に思えるかもしれませんが、日本や先進国のように、たくさんの職業がありすぎて、迷い悩んでしまうよりは健康的ともいえるでしょう。

10色から選ぶか、2色から選ぶか

 

10色の中から1色選びなさいと社会から言われるより、白か黒のどちらかを選びなさいと言われる方が、迷いや自分に合ったものとそうでないものを考える煩わしさはないのだと思います。

人間の生きる目的が健康的で幸せに生きていくことだとすれば、後者の方が幸せな生き方なのかもしれません。