NGO団体AMDAで活躍する山田留美子さん

ホンジュラスはラテンアメリカの中でも、特に治安が安定してなく、貧困問題も抱えています。一時期は、JICA(青年海外協力隊)が半分以上萎縮した時期さえありました。そんな時でも絶えずホンジュラスで支援を続けているNGO団体があります。

AMDAの山田留美子さんに会ったのは、私が一番初めにホンジュラスを旅した2013年でした。2013年のホンジュラスは治安が本当に不安的な時期に入っていて、JICAもほとんど撤退状態で、私が渡航する前には、大使館から「渡航を控えてください」と警告をもらったほどです。

そんな時に首都テグシガルパにあるAMDAの事務所を訪問させてもらったのですが、”一歩も外を出歩くな!”と言われていた環境の中で、毎日ローカルのバスに乗って移動したり、外を出歩いて買い物へ出かけたり、ホンジュラス人と同じように生活を送っている日本人女性に出会いました。それが、山田さんでした。

山田さんは、ただの旅びとの私に、敬意を持って丁寧に接してくださり、その姿に彼女の謙虚さとホンジュラス人のような心の温かさを感じたのが第一印象でした。

山田さんの所属するAMDAの活動

今回、二度目のホンジュラス訪問で久しぶり彼女に再会し、支援の状況や彼女の生活ぶりを伺いました。

ERIKO(以下E):ホンジュラスでは現在どんな活動をされていますか?

山田さん(以下Yさん):現在取り組んでいる活動は、ケネディ地区という特に犯罪が多い地域で、マラス(犯罪ギャング集団)を減らすリーダー指導を行っているのと、エルパライソ県で、若年妊娠減少への取り組みで、母子保健、思春期リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)の教育を行っています。

E:今回ホンジュラスへ来て、以前より街のインフラが整っていたり、街が落ち着いた感じの印象を受けましたが、まだまだ治安が完全に良くなったわけではないと思います。山田さんは、以前のように街を普通に歩いたりしているのでしょうか?笑

Yさん:そうですね、昔はホンジュラス人と同じようにタクシーに乗ったり、外を出歩いたりしていましたね。実は2013年、ジムの帰りにバイクに乗ったカップル強盗に襲われたんです。幸い抵抗しなかったので、無傷で終わりましたが、今は運転手さんを雇って、移動しています。

普通のOLだった山田さんがホンジュラスで国際支援するようになった理由

E:そうでしたか、本当に無事で何よりです。山田さんはAMDAに入る前から、国際支援関係の活動をなさっていたのですか?

Yさん:いいえ、実は私は普通のOLでした。笑 会社に入る前、何も考えずに入社したんです。それで10年経った時に、ふと定年後のことを考えたんです。そしたら、多分このまま淡々と時が過ぎていってしまうと思ったんですね。それで、昔、海外支援事業に興味があったとこを思い出して、やりたいと思うことに挑戦してみようと思ったんです。それで今、ホンジュラスへ来て6年経ちます。2つの人生は比べられないけど、決して後悔はありません。

E:ホンジュラスへ行って、山田さんに訪れた内面的な変化ってありますか?

Yさん:ホンジュラスにいると、自分は日本人だなと感じることが多いのですが、日本に帰って来てくると、自分は人生に対して寛大になったなぁと感じます。例えば、ちょっとの悩みでもあまり深く考えなくなりましたし(いい意味で)、何かあっても生きているから大丈夫だと思えたり、一杯の美味しいコーヒーで幸せを感じられたりするようになりました。
ホンジュラスには社会問題や生活の苦労などたくさん大変なことはあるんですが、みんな基本的にとても幸せに生きているんですね。彼らと過ごす時間が長くなっているので、自分にもそういう価値観を知らぬまに吸収しているのかもしれませんね。

E:日本に帰ったときの楽しみってありますか?

Yさん:街を散歩できることです! ホンジュラスでは、普通に街を歩いたりできないので、危険を感じずに長時間歩けることがとても嬉しいです。

山田さんとの出会い

定住旅行をしていると、色んな方に会う機会があります。しかしその全ての人と何度も会えるとは限りません。遠いホンジュラスの地で6年前に数時間だけであった山田さんに、ホンジュラスと日本で再会できたことは、お互いが共有した時間をお互いの中に持ち続けていたからだと思います。人との縁は、決して一緒に居る時間の長さではないのだと感じさせてくれる出会いでした。

山田さん、どうぞお元気で。またどこかで会いましょう。