ジョージアと聞くと、アメリカのジョージア州やコーヒーなどをイメージする方も多いと思います。ジョージアは南コーカサツに位置する小さな国で、1991年にソビエト連邦から独立しました。北海道より少し小さい国土に、約370万人が暮らしています。

4000年以上の歴史を持ち、アジアと欧州を繋ぐシルクロードの交差地点の要所でした。日本では”グルジア”という名前で呼ばれていましたが、2015年になって、”ジョージア”へ名称が変更される法律が成立しました。

過去に様々な国の侵略にあい、50年以上平和だったことがない、正に戦いの国とも言えるジョージア。
何千年もの間絶えず外敵と戦ってきたジョージア人の精神は、”こんにちは”の意味の「ガマルジョバ」=”あなたに勝利を!”という挨拶にも込められているのかもしれません。また現在、南オセチアとアプハジアはロシアによって占領されているため、ジョージア人は入ることができません。

あまり知られていませんが、長寿国であり、その健康の元と言われているのが、マッツォーニ(ヨーグルト)、ワイン、チーズ、天然水、ハチミツ、ナッツ、柑橘類などです。
ロシアにいる時から、ジョージア料理は大変有名でしたが、料理の美味しさは世界を代表すると言ってもいいと思います。

首都トビリシ

紀元前3000~4000年ころから人々が暮らしていたと言われるトビリシは、6世紀にはムツヘタに変わってイベリア王国の首都が置かれました。かつてはシルクロードを行き交う人びとで賑わった町で、現在は立派な大都会になっています。

 

                  Karklis deda ジョージア母の像

ソロラキの丘に立つ、町のシンボルとも言える銀色の像。右手には剣を、左手にはワインの杯を持っています。「これは敵には剣で戦い、友にはワインの杯で迎える」という精神を表しています。また、戦いは男だけでなく、女性も重要な役割を果たしているというメッセージでもあるそうです。

この精神はジョージア民族の特徴をとてもよく表していると言われています。

国立美術館

”百万本のバラ”という歌をご存知でしょうか?
この歌はある貧しい画家が美しい女優に恋をして、全てを売って百万本のバラをプレゼントするという内容の歌詞ですが、この歌の元になった近代の天才画家ピロスマニの”マルガリータ”の絵がこの美術館で見ることができます。

ナリカラ要塞

旧市街を見下ろす高台にあり、4~5世紀ごろから砦として活用されていました。
19世紀初頭に火薬庫が爆発し、多くの建物が失われましたが、今は教会が建てられてたくさんの人びとが集います。

この丘へは、ロープウェイでアクセスすることが可能です。

トビリシでおすすめのハチャプリのお店

日本ではあまり知られていませんが、ジョージア料理はその美味しさで世界的に有名です。
ジョージア料理を代表すると言ってもいいのが、”ハチャプリ”という料理です。チーズパンとも呼ばれていますが、パンの中にチーズや生卵、バターが入っている料理で、パンをちぎってチーズなどにつけながら食べます。

 トビリシ在住の現地の人おすすめのお店がこちら。「NO.1 サクハチャプレ」大通りから少し入った場所にあるレストランで、お店には地元の人しかいない様子。

初めて食べたハチャプリは、思ったよりしょっぱかったですが、みんなから聞いていた通り、本当に絶品!
一番小さいのを頼んだのですが、大食いの私でも食べきれないほどでした。ハチャプリは地方によって様々な種類があり、その地域のハチャプリを食べるのも、ジョージアの旅の醍醐味の一つです!

最高の湯、硫黄温泉”ハマム”

トビリシに来たら、必ず行きたい場所の一つにハマムがあります。ハマムとは、温泉のことで、このトビリシという名前はジョージア語のトビリ(温かいという意味)を意味し、温泉が湧くことに由来しています。

伝説では5世紀、狩りをしていた王様がキジを撃ち落とし、そのキジは温泉に落ちました。ところが、傷を負ったキジはたちまち温泉水の中で元気になり逃げて行ったのです。温泉の力に驚いた王様はそこに街を作り、首都にしたと言われています。

マルコ・ポーロや、フランスの小説家デュマやロシアの詩人プーシキンも楽しんだという、17世紀からある温泉です。

私がこれまでの旅で、心から良かったと思うのは、コスタリカとホンジュラスの温泉ですが、今回はその高いハードルを優に超えてしまうほどの素晴らしいお湯でした。
トビリシの温泉は基本硫黄泉ですが、お湯は透明で、触ると柔らかく、トロッとしています。シャワーも硫黄泉でしたが、少し浴びただけでお肌がツルツル!こんなに顕著にお肌に効果のあるお湯は生まれて初めてでした。