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マデイラ島の日常

こんにちは、定住旅行家のERIKOです。2022年6月現在、ポルトガルのマデイラ島に定住旅行しています。今回はマデイラ島で受け入れてくれた家族の暮らしや日常を紹介したいと思います。マデイラはアフリカ大陸のモロッコから東に約650km離れた、奄美大島ほど面積の島です。基本的には年中温暖な気候なのですが、私が滞在していた時期は雨が多く、気温が13~15度くらいで長袖が必要なほど肌寒かったです。現地の人曰く、この時期にこんな気候は稀だということでした。

マデイラの治安の良さ


 毎年5月にはフラワーフェスティバルが行われるマデイラ島
個人的に南ヨーロッパというと治安が良いというイメージは薄いのですが、マデイラ島は別。外出時も家の鍵を閉めることはなく(門は閉めます)、街中に車を停めるときもロックをかけません。数ヶ月前に、家族が財布を無くしたことがあったそうですが、次の日に拾った人が丁寧に家に届けてくれたそうです。

「島に来る人にマデイラが安全な場所だと思ってもらいたい」と地元の人はよく口にします。

マデイラ人は、自分たちの土地と大変誇りに思っており、世界一素晴らしい場所と感じている人も少なくありません。その自信は、初対面の人と挨拶をする度に聞かれる「マデイラは好きになりましたか?」という言葉にも反映されている気がします。

伝統的なマデイラ島の家「キンタ」


アンドレイアさんとジュリオさんの家は、マデイラ島の伝統的な「Quintaキンタ」と呼ばれるつくりをしています。キンタは「荘園」という意味があり、家に庭があるのが特徴です。マデイラ島は昔からワイン輸出の関係からイギリスとの経済関係の結びつきが強くある土地です。19世紀には、その気候の良さから療養地として人びとが多く訪れるようになりました。その観光客の宿泊施設としてイギリス商人たちが建設した宿泊施設がキンタの原型です。空き家となっていた邸宅に、荘園、畑、チェペルなどが敷地内に設けられました。

アンドレイアさんのキンタには、2棟の家屋が立っており、アンドレイアさん夫婦と、お母さんのギダさんが別々に暮らしています。


マデイラは花が美しいことで有名な島ですが、庭には100種類以上の花や植物が育っています。その昔、多くのマデイラ人が出稼ぎに出ていた時代、マデイラ島に帰る度に、違う土地の花の種を持ち帰って近所の人たちと交換し、それを植えることが習慣だった時代がありました。その名残りから、特に外来種が多いのが特徴です。食事に使用するハーブ類やトロピカルフルーツもたくさん庭でとれます。

アンドレイアさんが子どもの頃には、毎日16時に庭でお茶を飲むティータイムの時間があったそうです。それもイギリスに影響を受けた習慣の一つですね。

女性専用のゴシップ小屋


アンドレイアさんの家には、Casa dos prazeres(カサ・ドシュ・プラセイレス)と呼ばれる、小さなバルコニーのような小屋が道路沿いにあります。これは、マデイラ島にしかない女性たちのため小屋です。アンドレイアさんのお母さんが若かった頃、女性は家の中にいるもので、外を出歩くのは好ましくないことであった時代がありました。女性たちはこの小屋に集まり、通りをすぎて行く人たちを見ながらお茶を飲んだり、ゴシップをしていたのだそうです。小屋の中からは外が見えますが、外からは中の様子は全く見えないようになっているのが特徴です。

「今でいう、テレビを見ているようなものね」とお母さんのギータさんが話してくれました。

学校だったアンドレイアさんの家


200年以上前に建てられたというこのキンタは、以前学校としても使われていたようです。そのため、内装は一般的なポルトガル人の家よりも広く、天井に窓がついていて、日光が入るようになっています。昔学校で使われていたと思われる机と椅子などもありました。
ポルトガルでは外から室内に入る際、靴を脱ぐ習慣は元々ありません。しかし、このパンデミックをきっかけに靴を脱ぐという習慣が身についたそうです。

家事は家族とお手伝いさんで分担


アンドレイアさんとジュリオさんは共働きです。毎日の買い物や食事の準備はアンドレイアさんが担当しています。ジュリオさんは(ほとんどのシェフがそうであるように)、職業柄、家で料理をすることはほとんどありません。
マリアちゃんが家にいる時の面倒は、アンドレイアさんのお母さんがみています。また近所に暮らすママ友と協力して、習い事の送り迎えを交互に行ったり、どちらかが出張のときなどは子どもを預かるなどをしています。
週に2回、お手伝いさんが来て家中の掃除、洗濯などをしています。(写真の方)

生活の中の取り込まれているマリンスポーツ


こちらに来てから毎日1日5食の生活を送りはじめ、これは運動しないと確実やばい!と思い、ランニングとジムに通い始めました。マデイラ島はほとんど平な土地がないため、唯一ランニングができるのは海沿い。

アンドレイアさんも毎朝ジム+ボディコンバットのクラスを週に3回、パドリングを週1で行っているようです。ランニングをしている地元の人も多く見かけますが、セーリング、カイトサーフィン、レガッタ、パドリングなどのマリンスポーツを暮らしの中に取り入れている人はとても多いようです。

新しい価値観を受け入れる気質


ポルトガル語にも敬語という形式が存在し、日常的に頻繁に使われています。初対面で会う人、目上の人、敬意を相手に示すときなどが一般的です。そして親に対しても敬語で話します。今の若者世代は親と友だちのように常体で会話する人も多いようですが、アンドレイアさんの世代(40代前半)の人びとにとっては、親と常体で話すことはもってのほかだそうで、今でも敬語で話をしています。
マリアちゃんは親祖父母にも敬語を使わないようで、アンドレイアさんはとても不思議な感覚だと話していました。

前述したように、ギータさんの若い頃は女性が外を歩くことさえ非常識だった時代がありました。しかし現在は、新しい価値観が外からどんどん取り込まれています。女性がビキニを着ることも問題がなくなり、親とも敬語で話さなくなったりと、ここ十数年ばかりでさまざまなものの価値観が様変わりしているようですが、そういった変化にも臨機応変に対応しているのがマデイラ人の気質の一つのような気もします。

海上生活の名残り?問題解決の速さ


これまで50カ国以上、世界のさまざまな土地で暮らしを体験してきた私ですが、ポルトガル人ほど問題解決能力に長けている国民はいないと自負します。何か困ったことがあると、悩む、考えるというプロセスがすっ飛ばされて、すぐに解決方法に直結するのです。

こちらはわずかな例ですが、私が実際に体験したことです。

リスボンからマデイラ島行きのフライトで、エクストララゲージ(機内に持ち込めない長細い荷物)を持っていたのですが、カウンターで預けるときに、「このまま預けたら追加料金取らなければならない」と言われ、困ったそぶりを見せると、すかさず「この大袈裟な梱包(プチプチのカバー)を外せば、無料でもいけるよ」と協力してくれたことがありました。

ある時は、バスに乗車するとき、公共交通機関ではマスクの着用が義務付けられていることをすっかり忘れていました。マスクを持ってくるのを忘れたと同行している女性に伝えると、どうしようと考える暇もなく、目の前でバスを待っていた女性に「マスク余分に持ってませんか?」と聞いたのでした。幸いにもその女性がマスクを余分に持っていてそれをくれたので、私は無事バスに乗って移動することができたのです。

他にも細かいことをあげればキリがないのですが、彼らと一緒にいる時間が長くなるほど、私自身も問題はすぐに解決できるというような思考に変わっていったことが、自分自身に起こった変化としての一番の驚きでした。

ちなみにポルトガル語には、Desenrrascar(デセンハシュカル)という動詞があり、それがまさに「自分なりの解決策を見つける」という意味に当たります。言葉があるということは、そういった概念が存在しているということを物語っていますね。

◎ガルヴェイアスの犬
木下真穂さん訳のポルトガル人作家ジョゼ・ルイスペイショットの長編作品